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日光東照宮の鳴き龍の仕組みと歴史 東照宮以外に鳴き龍を体験できるところは?

日光東照宮といえば、陽明門、五重塔、左甚五郎の眠り猫、見ざる聞かざる言わざるの三猿で有名ですが、陽明門を入って左側にある本地堂の天井には、龍の絵か描かれており,この龍の頭の直下で拍手を打つと,天井からブルブルという鈴を転がしているような奇妙な音が聞こえ、それがあたかも龍が鳴くように思われるために「鳴き龍」として有名です。

お坊さんによる観光者向けのイベントとして、拍子木を使ったパフォーマンスも行われています。

ここでは、鳴き龍の仕組みと歴史や東照宮以外に鳴き龍体験ができるところなどについてご紹介します。

鳴き龍の仕組み 

日光東照宮の本地堂の天井には、龍の絵が描かれており,この龍の頭の直下で龍の顔の真下で、手を叩くなどの短い音を立てると、天井の方からブルブルという奇妙な音が聞こえます。聞きとれる継続時間は約2.5秒です。

柏手以外に拍子木、石と石を当てたりなど短い音でもほとんど同じ現象が起こります。この現象が起こるのは、大体龍の頭部を中心とする直径約3メートルの範囲で、中央ほど明瞭に聞こえます。

この嗚き龍の現象は、天井と床の間の往復反射によるもので、フラッターエコーといわれる現象が生じています。

天井は鏡天井、床は漆塗りで共に音の反射がよく、四方の側面は本尊などの仏像を安置する台座や格子で外気に接しているなど、音の反射はよくありません。

このため、天井と床の間の往復反射による音が目立つのです。

天井にはむくりがつけられている

天井には約 6cm のむくり(剥り)がつけられています。

水平な天井は下に垂れ下がったように見えるという視覚上の錯覚を補正するために、昔の人は、むくりという手法を考え出し、大きな寺院などの天井はわずかながら上に湾曲した形状をしています。

むくりがなくて床と天井が平行な時は、音源(柏手の音)は人が立つ位置を通る垂直な方向だけに繰り返される反射音しか聞くことができません。

これに対してむくりをつけて、天井がわずかに湾曲しているときは、人が立っている真上の少し広い範囲の天井部分と床との間でも繰り返される反射音を聞くことができるので、反射音の音量が増し、より長い残響時間の鳴き龍が生じます。

このため天井と床の間の往復反射が目立ち、これが鳴き龍として聞こえるのです。

元の音と鳴き龍の音色はなぜ違うの?

柏手を打った音とその残響音の音色はなぜ違うのでしょうか?

本地堂の天井と床の間の距離は約6mあり、音の速度は約340m/秒です。

音が天井と床の間を1往復するのにかかる時間は6✕2÷340=0.035秒です。

このため、元の柏手の音は0.035秒の周期で反射音として聞こえてくるはずですが、人間の耳の聴覚特性として、0.05秒を境として、0.05秒より時間間隔が長い2つの音は分離して聞こえますが、0.05秒より短い時間間隔の2つの音は分離しては聞こえず、まとまった一つの音として聞こえます。

0.035秒の時間間隔がある音はまとまった音として聞こえるため、元の柏手の反射音は元の音とは異なった音色で聞こえます。

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日光東照宮の鳴き龍の歴史

鳴き龍のある本地堂は江戸時代前期の1636年に創建されました。

1905年頃、天井に描かれた龍の下で、職員の方が住み着いていたハトを追い出そうとして、手を叩くとブルブルという奇妙な音が出るという現象を発見しました。
これ以後、全国的に鳴き竜として広まりました。
しかし、本地堂は1961年に火災により焼失しました。

1963年より5カ年計画で復元工事が行われますが、復元に当たっては1/4の模型を制作して鳴き龍に関する基礎研究が行われました。

焼失前の1953年にNHKによって録音されていたオーディオテープを分析し、天井のむくりの程度や音源の位置と鳴き龍の関係について検討され、元通りに復元できる見通しが得られました。
そして1968年に本地堂は再建され、天井の龍の画、鳴き龍とも元通りに復元されました。

焼失前の天井画は、江戸時代の狩野派の絵師、狩野永真安信により描かれましたが、堅山南風画伯が前代の鳴き龍を模写するように描いたそうです。

日光東照宮以外で鳴き龍を体験できる寺院は?

鳴き龍を体験できるところは、日光東照宮だけではありません。

代表的なものを「日本四鳴き龍」といって、東は日光東照宮(栃木)、西は相国寺(京都)、南は妙見寺(長野)、北は竜泉寺(青森)でしたが、竜泉寺は焼失してしまって今はありません。

これら以外では、正乗寺(秋田)高幡不動尊 大日堂(東京)甲斐善光寺(山梨)慈眼山 正源寺(富山)大徳寺(京都)泉湧寺(京都)慈光院(奈良)城上神社(島根)龍城神社(愛知)などがあります。

なぜ寺院には龍が描かれていることが多いの?

日光東照宮は現在では神社ということになっていますが、かつては神道と仏教が混在していました。

明治時代に神仏分離令によって、日光は神社の東照宮、二荒山神社、寺院の輪王寺の二社一寺の形式に分立しましたが、神道と仏教がすっきりと分けられないため、現在でも日光東照宮には本地堂や五重塔などの仏教の要素が残っています。

日光東照宮以外の寺院にも、龍の絵が描かれているのはなぜでしょうか?

龍は寺院の僧侶が仏の教えを人々に説く場所である法堂を守護するために描かれています。

また、寺院は木造建築であり火災には特に警戒が必要です。

龍は昔から雲を呼び、雨を降らすといわれていて、天井に龍を描くのは火事のときには雨雲を呼んで消し止めてくれるという「おまじない」の意味も込められています。

以上、鳴き龍の仕組みと歴史や東照宮以外に鳴き龍体験ができるところなどについてご紹介しました。

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